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世紀末パリ 北駅の異邦人

パリ北駅の異邦人

 

 北駅でメトロを降りると外は雨が降っていた。バッグの奥深くに傘をしまっていた私は、マウンテンパーカーについているフードを、頭から潜り込むようにかぶり、そのまま駅を出た。

 いつもはサンミッシェルのソルボンヌ界隈に宿を取るが、今回は北駅周辺に場所を決めた。理由は安いからである。

 どこに泊まるかを、決めて到着したわけではない。駅前から歩き始めて、勘に引っかかったところを覗く。

 フランスのホテルは、星がそのグレードを明らかにしてくれる。もちろんあたりはずれは大いにあるが、目安にはなる。また、入り口付近、外から見えるところに、宿泊料金が表示されているので、中まで聞きに行く必要は無い。

 私の目には一つ星のホテルしか入らない。そして、北駅周辺の大多数のホテルが、一つ星、または二つ星だ。

 北駅の周辺がなぜ安いかというと、外国人が多く住んでいる地域だからだ。ただし、外国と言っても、かつてのフランス領だったりするわけだが、要するに有色の肌を持つ人々が多く住んでいるということだ。

 雨の中、横目でいくつものホテルを通りすぎる。明るかったり、薄暗かったり。輝くばかりに眩しいフロントもあれば、薄汚れた洞穴のような入り口もある。

 私が選んだのは、北駅よりは隣接する東駅に近い、大通りに面したホテルだった。

そこは誘蛾灯のように、明るく表通りまでも、その玄関の光がひろがり、思わず私は中へ引き込まれた。

 事務机を一つ置いただけの、受付を兼ねる長い廊下には、その明るさを増幅させるように、白い壁と交互に鏡の壁面が続いていた。

 入り口をくぐるとセンサーがベルを鳴らすのだろう。奥からアラブ系の男が重い足取りで出てきた。

 部屋を見たい、というと、男は壁にかかる部屋の鍵を一つ取り、私に手渡した。

「四階だ」

 部屋を開けると、小窓が一つついた薄暗い部屋だった。ほぼ全ての部屋の鍵がかけられた壁から、男が選んだ部屋は、恐らくそのフロアーで一番私が泊まりたくない部屋だった。

「また後で来るよ」

 私が外へ出て行こうとすると、男は何か問題があるのか、と聞いた。

「通りに面した部屋の方がいい。あの部屋は狭い」

 男は別の鍵を取り、私に見せて、ここはどうだろう、と言った。

 同じ四階の一番奥まった部屋の鍵を開けると、そこは先ほどの部屋の三倍ほどの広さがあった。ダブルベッドのほかにシングルベッドがあり、先ほどの部屋にはなかった、バスタブがあった。テレビをつけると、CNNのほかイタリア、ドイツの衛星放送が映った。

 一階に降りて行くと、先ほどとは違う男がいすに腰掛けていた。奥から先ほどのアラブ男が顔を出し、一言二言、簡単な経緯を説明して、私に向かい、「OKか?」と聞いた。

 私がうなずくと、オーナーらしい椅子に座る男は、何泊する?、と聞くので、「たぶん三泊」というと、書類を書き始めた。

 男が顔を上げて、三泊分、今支払ってくれ、と言うので、「普通はチェックアウトのときだろう」、と言ったが、いま払え、と言う。

 私は一泊分だけ支払い、部屋に引き上げたが、どうも気分が悪かった。要するに、私は疑わしいやつ、と思われたのだ。

 学生に見えない、いい年をした、汚いザックを背負った東洋人が、「日本人だ」、とわかると、少し安堵した瞬間を私は思い出した。

 夕食のため、一階に降り、出て行こうとすると、慌てて私の部屋の鍵を男は探した。慌てた男の手元にある鍵を、私は指差す。

 むっとしたまま、私が扉の方へ出て行こうとすると、向こうから歩いてくる男がいる。薄汚いやつだ、と思って、身構えながら、うつむき加減で、扉に近づいて行くと、入り口の取手に手をかけ気がついた。

 薄汚い男の正体は、鏡に映る自分自身の姿だった。  (1998/11)

 

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