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格差の拡大

    日本の社会階層が固定化しつつあるように思います。ダイバーシティーという言葉をメディアでよく目にする昨今ですが、現実の社会ではその逆の動きも目立つように思います。言うまでもなく、多様性はその社会が生き残って行くための戦略で、選択の幅を広く維持することによって未来に備えるという効果があります。

 同じ種類、傾向の人々が集まると、居心地は良くなるかもしれませんが、触発される動きが鈍くなります。お互い刺激しあって、新しいものが生まれると考えれば、摩擦の原因となるものを意識的に作っていくことが、重要になってきます。

 ところが、成行きに任せておくと、気の合うものだけで固まるようになります。中には、そこから抜け出し、新しいフロンティアを作って行こうという人たちも出て来ますが、一般的に日本ではそのような種類の人たちは少数派です。 

   地域による格差、教育における格差が問題となっています。それぞれの地域、集団、グループの間で、融合する動きが生じれば良いのですが、実態は離れていくばかり。毎晩夜遅くまで塾に通う子供達と、食事も満足に取れない子供達が、私立と公立の学校へと分かれ、同じ学校へ通うことも無くなっているようです。

   人は住む場所の影響を強く受けます。かつては、公立の学校へ行けば、その地域に住む様々な家庭の子どもたちが集まりました。ところが、住む地域によって、格差が生じてくると、その格差から、同質な世界を求めて外の世界へと、移り住む人たちが出てきます。

   地域によって、住人の雰囲気は似たものとなり、画一化した世界に近づきます。でも、それこそが自然の摂理かもしれないと、最近思うのです。

   振り子の原理で、ある一方に振れることによって、格差が最大限にまで広がり、やがて革命が起き、旧勢力が蹴散らされる。世界中で幾度となく至る所で繰り返されてきました。

   そうした意味では、日本の振り子の振れ幅は、まだ足りないのかもしれません。平民が武士に取って代わったように、今の子供達が老人になる頃には、AIが世界を管理する、まるで違った世界が出現しているかもしれません。格差社会はその準備段階と考えると、未来が少し寒々しいものに思えてきます。

国立大学附属小学校への道

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