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CHACOあめみやのステーキ

   千駄ヶ谷の駅の改札口を出る。目の前の交差点を渡ると正面に津田塾大学。左手に東京体育館が見える。そのまま真っ直ぐに鳩森八幡神社に向かい歩くと、東京体育館とプールの切れ間から、建設中の東京オリンピックのメインスタジアムが見える。

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二年後の夏には、人でごった返して歩けなくなるであろう交差点の角には少し高級なハンバーガーショップがあり、その先、すぐのところに、このステーキのお店がある。

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   階段を降りて地下へ少し潜ったところに入口があり、階段を降りゆく姿が目の端に映ったのか、入口脇で立っていた男性がドアを引いて、中へ招き入れてくれる。

   少し土の下に潜ったところにあるその場所は、洞窟の中で密やかに人目をはばかり食する時のような、隠れ家に招き入れられたような、秘密めいた時が流れている。

   階段の途中から、中で行われている食の準備が順調であることを知らせる肉の薫りがせり上がり、私の胃袋の中をつんつんと刺激し、急激におなかがへこむ。

   中へ入り、名を告げると奥の席に案内される。一人席に着き、充満する肉を焦がす匂いの中、ひたすらおなかを撫でながら、私は社長の到着を待つ。

  ここは社長たちの密会の場所だ。隣にはIT企業の社長のような男とその部下のような二人の女が肉の仕上がりを待っている。向こうにも初老の男と若い女。しかし、私が待つのは男。男と男と男と男。するとそのうちの一人、社長がやってきた。そして広告代理店の男。投資会社の男。次々と半地下の洞穴に男たちが集まり、全部で男四人と相成った。男四人は、店の中を一回り見渡し、ため息をつく。男だけで集うのは我々だけだ。思いのほか肉食女子がこの世には多く潜んでいる。そのことが半地下に潜った、秘めやかな店の様子からわかる。

   男たち四人が頼んだのは、牛ヒレ肉二キロ。一人五百グラム。自宅でこれだけの量を食べることはまずない。私がいつも自宅で食べるのは百グラム九十八円の豚コマだ。家族五人で一キロがせいぜいだ。一キロでも九百八十円。

   このお店の牛ヒレステーキの一キロのお値段は、一万四千円。いつも一キロ九百八十円の豚コマばかりの私は、一キロ一万四千円の牛ヒレ、とだけ聞けば、吉野家で牛丼が何杯食べられるだろうと、つい考えてしまう。暗算してみれば、おおよそ三十七杯。二ヶ月分の昼食代だ。四人で割っても半月分。しかし、おそらくこのお値段は原価とそれほど変わらない。いつもビタミンbの補給を念頭に豚ヒレばかり食べる私なので、牛ヒレのスーパーでの最近の売値はよく把握していないが、百グラム千円以下ということはない。いつも牛肉売り場を素通りする時、その値札のシールに書かれたパックのお値段の桁数が、必ず四桁以上であることを覚えている。

   牛ヒレを専用のかまどで焼いて、肉汁が滴るレアな状態で提供してくれて、このお値段は実に安い。この辺りに多い、スーパー肉のハナマサでも、このような肉の塊は見たことがない。おそらくどこかの牧場の肉を格安で取り寄せているに違いない。

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   じゅうじゅうと、音をたて、鉄板の上で湯気を上げ、悶えのたうちまわる牛の肉の塊が、目の前に運ばれてきた。お店の人が目の前で四人で食べやすいように、八枚のステーキに切り分けてくれる。切れ目の中に見えるのは、まだ火の通らない生々しい肉の断面だ。焼き過ぎないように、鉄板の上で少し寝かせて、じゅうと押し付け焦げ目をつけて、自分の皿に運ぶ。

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   極限まで熱せられた鉄皿の上に、たっぷりとピューレ状におろされたにんにくを伸ばし、じゅわっとステーキを上にかぶせ置く。しばらくすると、そのにんにくが、ステーキの焦げ目全体にひろがる。そして、生醤油。数滴を垂らしたあとは、ナイフとフォークを手にし、そのステーキの端を、一口分、縦にナイフで線を入れる。フォークの刺さる、キャンドルライトに浮かび上がるその肉片は、よく焼けた面と、レアな面とが、揺らめく炎の光の中で交互に浮かび上がり、やがて私の口の中に放り込まれる。

   何ヶ月ぶりだろう。肉ジルが口の中に広がる。ほとんど生のままだが、臭みはない。サーモンを口の中で広げたようななめらかな舌触りだ。噛み切るほどの力を入れることもなく、二つ、三つ、四つと、噛むほどに口の中で細くミンチとなり、ニンニクと醤油に絡まり、やがて胃の中にストンと飲み込まれていく。

   それを何回か繰り返す間、男たちは無言だ。ときどき、うまい、と呻くため息が漏れる。ノイズキャンセリングの効いたヘッドホンを耳にかぶせているときのように、周りの音は耳に入らない。

   肉に集中し、殆どの肉片を胃に収めた後、しばらくして、誰からともなくビットコインの話になる。金儲けの話は肉を喰らう場面によく似合う。

「あれは実際のところ儲かるのかね」

   広告代理店の男が投資会社の男に聞く。

「仮想通貨そのものへの投資は投機かもしれないが、市場を作ることには十分旨味がある」

   投資会社の男は五千億の投資ファンドをこしらえ、もうすぐ準備が終わるという。

「だから、今はそのための仕組みづくりに力を入れている」

   ステーキには赤ワインがよく似合う。そして儲け話もよく似合う。月見草が富士によく似合うように。

   デザートのアイスクリームが男たちの胃袋に収まった頃、社長が口を開いた。

「明日はゴルフで朝が早いんだ」

資本金六十億の上場企業の社長に休日はない。

熱中症には気をつけろよ」

資本金三百万の会社社長は、熱中症にならないように、三連休は寝て過ごす。

「俺は菅平だ」

500000000000円を集める投資会社の男はランニングマンだ。三連休の間も、走るらしい。

熱中症にならないように、水分をよく取れよ」

今週一週間寝込んでいたという広告代理店の男は、もう食えないと、私にステーキを一枚譲ってくれた。昔からいいやつだ。

   時間はきっかり二時間。できる男は無駄な時間をダラダラと過ごさない。会計は一人一万円。ビールとワインをたらふく飲んで、サラダとデザートとコーヒーでこのお値段なら大満足だ。

   店を出て、交差点まで戻ると、どこからともなく資本金六十億の会社社長のレクサスが音もなく目の前に現れた。

   資本金三百万の会社社長の私は、普段なら大江戸線で帰るのだが、同じ方向なので、今日は資本金六十億の社長のレクサスに乗せてもらう。

   私がドアに近寄ると、運転席からドライバーさんがおりてきて、素早いテンポで後部座席のドアを引いてくれた。レクサスのドアノブは革製で手触りが良い。私も社長の端くれなので、一応ベンツに乗ってはいるが、十年以上も乗っているくるまなので、ドアノブは擦れてささくれだっている。

   一夜明け、500000000000円を集める男は、今ごろ菅平を走っている。資本金六十億の男は熱い芝の上を歩いている。広告代理店の男は暑さに参って、家で寝込んでいなければ良いが。私は昨日のステーキのひと切れひと切れを脳裏に思い浮かべながら、熱風に吹かれ、チビチビと百円の発泡酒を飲みながら、そうめんをすするのだ。

 

 

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